小夜の誓言-2-

「……コレット、寒くないか?」

少し歩いてから、黙り込んだままのコレットに声を掛ける。突然のことに驚いたのか、コレットは「へ?」と間の抜けたような返事をして、勢い良くこちらを見やった。たぶん、また何か考え込んでいたんだろう。

この旅の仲間達は、やたらと独りで抱え込んでしまうような面々が揃っている。警戒心が強かったり、誰かのためを思いすぎたり、自分のことが嫌いだったり。必要以上に自分を縛って、前に進む道を見つけられなくて、もがこうとしているのに誰の助けも借りようとはしない。

――と言うより、借りられないんだろう。不器用な人達ばかりだと分かりすぎるくらい分かっているのに、手を差し伸べる方法に迷ってしまう俺自身もやっぱり少し、無力に情けなさを感じる時がある。

「そのまま出てきちゃっただろ。夜中だから、ちょっと冷えるし……」
「あ、……うん、それなら全然平気だよ?あんまり風も冷たくないし、しゃきっと目が覚める感じ!」
「……ん。ま、それならいいけどな!」

「しゃきっと」の部分でぐっと握り拳を作って主張するコレットに、少し笑って肯定の言葉だけを返す。

今何を考えていたのか、と。問い掛けてみたい気持ちが無いとは言わない。それでも、いつだって、どんなことがあったって、問い詰めることだけはしないと決めている。これまでたくさんのものを押し付けられてきたコレットに、これ以上無理強いをしたくはないと思う。

――ずっと傍で見てきたから知っている。どんなに些細なことでも笑って受け流しながら、コレットがいつも誰かのために傷ついていることを、俺は知っているから。

「……よし。ま、とりあえずここまで来りゃ誰も起きないだろ!」

しばらく整備された遊歩道を歩いて、宿からほど近い小川の傍に腰を下ろす。コレットは「隣、座るね」と躊躇いがちに少し笑って、俺に続くようにぺたりと腰を落ち着けた。

「……ちょっとは落ち着いたか?」
「えと、まだ、ちょっとだけ……。でも、だいじょぶだよ。ロイドが、ちゃんと私のこと呼んでくれたから……」

確かめるようにそう言って、コレットは薄い表情のまま、僅かに笑みだけをこちらに返した。ああ、無理して笑ってる。それに気付いたところで、どうにもならないところがもどかしい。

――コレットは頑なだ。話してしまおうと自分から思えない限り、痛みも苦しみも抱え込んでしまう。それが俺のために、皆のためになるならと、いつだって本気でそう思っている。押し切ろうとすればするほど逆効果だ。現にこれまでだって、それで何度も失敗してきた。

「本当に大丈夫かよ?全然大丈夫って顔してないだろ」
「そんなことないよ?ほんのちょっとだけ怖い夢を見て、……それで……」
「……コレット?」
「うん。……ホントにね、それだけ、なの。それだけ、なのに……」

そこで一瞬だけ言葉を切って、縋るような眼差しを向けられる。おそらく無意識なのだろう。笑顔を取り繕おうとしたのか、一度強ばった表情で口元を結んでから、上手く行かずにコレットはゆるゆるとかぶりを振った。

――ぽたり、と。コレットの膝元に一滴が落ちる。

「あ、あれ、おかしいな……思い出したら、震え、止まんないよ……」

だめなのに。あんなの、嘘だって分かってるのに。独り言のようにそう呟いて、コレットは自分を守るかのように自身の怯えを諌めようとする。

かたかたとか弱いまでに身を震わせて、留められなくなった涙をそれでも堪えようとして、コレットはぎゅっと瞳を閉じた。ああほら、またすぐにそうやって。誰かに痛みを背負わせまいと、自分ひとりで仕舞い込もうと、また独りで耐えようとする。――見ていると、たまらなくなる。胸の内が締め付けられるかのような、鈍く鋭く響く感覚。

――瞬間。後先すら考えず、華奢な身体を抱きしめてしまう。

「ロイド……?」

急なことに驚いたんだろう。コレットはきょとんとしたように俺を呼んで、どうすべきか分からずにされるがままになっている。

――こんなこと、独りよがりかもしれない。意味なんて無いのかもしれない。それでも、構わなかった。孤独に怯えるコレットの心を、今はただ置き去りにしたくはないと、そう思った。

「……苦しいことがあるなら、素直に話してくれればいい。って言っても、俺で良ければ、なんだけどさ……。もし話してくれるなら、それがたとえどんなことでも、俺はコレットの言葉を迷惑だとか、重荷だとか、そんなふうには絶対に思わない」

「……約束するから」。それだけを無我夢中で呟けば、コレットは「……うん」とだけ小さく言ってから、顔の見えない位置で俺を抱きしめ返してくれる。不用意に扱えば壊れてしまいそうなほど儚げな存在に、触れることの尊さに怯える気持ちが少しだけ、分かったような気がした。

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