小夜の誓言-3-

「昼間の、続きの夢をね、……見たの」

――決意したのだろう。少しの間が空いて、ぽつり、コレットが語りだす。たどたどしくゆっくりと話されるそれは、秘めてもさらけ出しても巡り続ける毒のようで、酷くやるせない気持ちに襲われる。

昼間に起きたこととおんなじことが、まず最初に起こったの。皆が捕まって、私だけが残されて、それを私は見ているしかなくて。今日は、それでも、ちゃんと逃げられたけど――。

「夢の中の私達は、あのまま逃げられなくなって……みんな、……目の前で……」

――殺されたのだ、と。最後までを口にすることは無かったけれど、言わんとすることなんて嫌でも分かった。コレットがそれを一番に怖がることだって、分かりすぎるくらいに分かっていた。それを、おそらくは自分のせいにするだろうことも。

「あのね?あんなに必死なゼロス、私、初めて見たかもしれないよ。……夢の中だけど、ゼロスはやっぱり優しいね。ホントに、優しくて……」

だってね、私やみんなのことばかり言うの。逃げられる奴だけでも逃げろって。俺のことはいいからって、ずっとみんなを助けようとして。それから――。

「……それから?」
「ううん、やっぱりこれは内緒。……私から言っちゃいけないことも、きっとあるもの」

これは私の夢だけど、不思議とね、本当のことなんだろうなって分かることもあるの。でもね、ゼロスが話してくれるその時まで、私はそれを夢の中の話だと思い続けるよ。そんな意味合いのことを言葉少なに語ってから、コレットは続けた。

「プレセアは強くて、最後まで戦おうとしてた。ジーニアスもプレセアのことを手伝いながら、ずっと頑張ってくれてたの。今助けるからって、私のことをずっと気にして……」

そこまで聞いて、何となく理解する。コレットが見た夢は、あまりにも夢らしくない夢だったのだ。たぶん現実すら混じるほどに日頃の皆がそのままで、それだけに、見過ごしたことを、悔やむ。

ましてや今日、実際の状況で俺達を助けてくれたのはコレットなのだ。コレットが天使化の能力を使って俺達を助けてくれなければ、今頃全員死んでいた。だからこそ、自分が救えなかったことに余計罪の意識を感じてしまう。――また一つ、傷を増やす。受け止めなくたっていい責任を、優しすぎる心が受け止めようとしてしまう。

「リフィル先生も、しいなも、リーガルさんも、本当にみんな、最後まで全然諦めたりしなくて……」

だから、何にもできない自分が、すごく苦しかった。悔しかった。なんでいつもこうなんだろうって、大事な時に力になれないままなんだろうって――。

「ヘンだよね。……ただの夢、なのにね。……でも、だめなの。今日見たのがただの悲惨な夢でも、明日になったら現実になってるかもしれないって、そう考えると……」

ロイドが最後に残ってね、私のことを一生懸命助けようとしてくれるの。そんなこと、しなくていいのにって思うのに、自分のことを一番にしてほしいって、そう言いたかったのに。

――それなのに、私は言葉を話せなくなって。そうたどたどしくこぼされるコレットの言葉が、ひどく後悔に満ちていてやり切れなくなってしまう。

「結局私だけがね、生き残るの。……あの時あの人たちが実際にそうしようとしたんだってことも、ちゃんと分かってるんだ。だから、余計に怖くて……」
「コレット……」
「ねぇ、ロイド。私、どうしたらいいのかな……?私のせいでみんなが苦しむとこなんて、もう見たくないのに……」

だけどね、ロイドたちと一緒に居たくないだなんて、もう思えないよ。悲痛混じりにそう語るコレットに、返す言葉を一瞬迷う。

――けれど、それなら。それなら答えは決まっている。

どれほどコレットが負い目を感じても、それを振り払うくらいの力になれたなら。苦しみを分け合えるほどに、皆が少しずつ強くなれたなら。

コレットはそれでいい。臆病なままでいい。臆病になってしまうほど、ひたすら優しいままでいい。ただそこから少しでも、一緒に強くなろうとすればいい。やらなければならないことなんてたぶん、たったそれだけのはずだった。

「コレットのせいで苦しんでるだなんて、誰も思ってないって」
「だけど……」
「それに、コレットは今日、現実に俺達を助けてくれた。……力になってないなんて、そんなこと、思う必要なんかないんだ」

この言葉に少しだって嘘は無い。コレットが笑っていてくれることが、どれほど俺達の支えになっていることか。何もかもを失っても世界を救おうとしたその優しさが、一体どれだけの勇気をくれたことか。自分で気付いていないだけだ。ただ、定義する強さが違うだけで、コレットは十分すぎるほどに誰より強い。

そんなようなことを遠まわしに伝えてみれば、それでもどこか割り切れないふうをして、コレットは困ったように黙り込んだ。後には退けないと、勢いのまま続ける。

「じゃあ、もし本当にコレットが皆に迷惑を掛けているとして、だ。……それなら、それでいい。別に、コレットが独りで背負う必要なんかどこにも無いだろ」
「そんな、……そんなの、だめだよ……」
「なら、そうならないように強くなればいい。今よりもっと強くなって、苦しい思いも悲しい思いも、初めから生まれないようにすればいい。そう出来るだけの力が、俺達にはきっとあるはずだと思う」

だって、俺達は独りじゃないだろ。言えば、コレットはどこかぽかんとしたような表情で俺を見やって、弱々しくぽつりと呟く。

「独りじゃないから、強くなれる……?」
「ああ。だってそうだろ?何だって一人で頑張るより、二人で頑張った方が終わるのも早い」

剣が二本あった方が強くなれそうなのと一緒でさ。昔からの持論を交えつつ言えば、コレットは黙って俺の言葉に耳を澄ませる。涙に濡れた袖口にも、冷たさを感じなくなってきたことにふと気が付いた。

「悩むのも苦しむのも同じで、二人で分け合った方がきっと早く終わる。だって、何も話してくれないまま悩んでる人を見たら、その人まで悩んじゃうことになるだろ?そこで一人ずつ考え込んだら、あっという間に悩みは二倍だ。それなら、一つの悩みを二人で解決した方がずっといいじゃんか」

「それじゃ、ダメかな?」と、伝えたい限りを込めて、そこでようやくまくし立てた言葉を切った。返される言葉にさすがに少しの緊張を覚えて、身構える。

「……ロイドは、すごいね」

少しの間。果たして伝え切れただろうかとコレットを見やれば、たった一言そう言って、それからほんの少しだけ優しく笑った。まだどこか硬さの残るそれは、それでも、今度こそ本当の笑顔のように思えた。

「俺がか?……凄いって、どこがだよ?」
「ぜんぶだよ。……私がどんなに抜け出せないままうじうじしてても、ロイドの言葉はすぐにそれを吹き飛ばしちゃうんだもん。……それってね、私にとってはすごく大きなことだから」

ロイドが私のもやもやを振り払ってくれるから、私は前に進めるの。そう言ってまた少し泣いたコレットの目元は月明かりに赤く染まっていたけれど、どこか吹っ切れたようなふうをして、危うさが取り払われたような晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。

何故だかそれにひどく安堵して、力が抜ける。そっと息を吐き出せば、すぐにでもその場に崩れ落ちてしまいそうな気がした。

「……ごめんね、そうだよね。……私、もっと強くなるから。誰にも負けないくらい、強くなるから」

自分に言い聞かせるかのようにコレットは言って、俺に向き直って小指を差し出す。

「お願いがあるの」
「……願い?」
「うん。……指切り、してくれないかな?今日のこと、ちゃんと約束にしたいの。強くなることと……それから、辛いことがあった時には、ちゃんと言葉にして伝えるって、約束」
「コレット……」
「だめ、かな?」
「……んーや。そんじゃ、指切りな!破ったらドワーフの誓いを独唱!……でどうだ?」
「えぇ〜?そんなの、ロイドの罰ゲームにしかならないよ。私、ドワーフの誓いは結構好きだよ?」
「あ、そっか……。ま、けどさ、別に中身なんて大した問題じゃないだろ?元はと言えば約束しようとする決意とか、過程とか、そっちの方がずっと大事なことなんだと思うし」

だから、罰ゲームなんてそのくらいでいいんだよ。言えば、コレットは可笑しそうに少し笑って、「ロイドは、やっぱりロイドだね」なんて言う。その意味をどうにも図りかねたけれど、コレットがすっかりいつもの笑顔に戻ったことが嬉しくて、それ以上追求することは止めてしまった。

――指切った。誓いの言葉を言い合って、どちらともなく笑い合う。昼間から頑なになり通しだった心が、あたたかに満たされていく心地がした。

「よし、それじゃ、戻るか!このまま明日寝坊したりしたら、絶対皆に笑われちまう」
「うん、そだね。……ありがとね、ロイド。今日のことも、昨日のことも、……ずっと昔のことだって……」
「ん、何か言ったか?」
「……ううん、何でもない!」
「そっか。……じゃ、そろそろ行こうぜ。あんまりゆっくりしてると置いてくぞ?」

そう笑って手を引けば、コレットは「待って!」と焦ったように隣に並んで、それから嬉しそうに俺を見やった。

「見て、ロイド。星がすごく綺麗だよ!」

言われて、ふと空を見上げる。部屋に居た時には分からなかったけれど、濃紺に満ちているのはどうやら月明かりだけではなかったらしい。

――鮮やかな白光。そこに眩いほどの星が散りばめられていることに気が付いたのは、今が初めてのことだった。