幽玄に咲く-Sample-

「……で?」
「え?」
「どうなんだよ。……俺が一緒に居るのは嫌か?」
 そうして一連の言葉の終わりに、ひどく優しい声色でリッドは問う。答えを焦らない大らかさと、それなのに時々強引に手を引いて行ってくれるその力強さは、昔からずっと変わらない。
 ――そう、言葉になんてしなくても、なんとなくずっと一緒に居るものだと思っていたから。約束を求めるような言葉をちゃんとくれたことに驚いてしまって、尚更、ひどく愛おしい。
「……ううん。嫌じゃないよ。リッドと一緒だから、わたしは安心して前だけを見ていられるんだ」
 それはね、きっとこれからも変わらない。穏やかな様子でそう言って、ファラは突然の告白にも戸惑うことなく一言返す。きっとこの先も、ひた走りながら、呆れられながら、自分はリッドの隣に居るのだろうと。そんな未来を思い描けてしまう以上、この想いを否定する理由はどこにも無かった。

(君と未来の約束を/リッド×ファラ)


「ひとつさ、聞いてもいいかな?」
 鳥籠に収まっている鳥をちょんとつついて、ルークは鳥籠の中で羽ばたく小鳥を痛ましげに見つめる。依頼主は今も心細い思いでこの鳥の帰りを待ちわびているのだろうに、この鳥はおそらく、この牢獄に収まることを厭っているのだろう。自分が相手を庇護していると勘違いして、自分が守ってみせると独りよがりな決意に舞い上がって、挙げ句失敗してしまったからこそ、錯覚することの盲目さはよく分かる。
 ――そして今。今度は庇護されている側の自分が、善意に頼りきっていることを知っていながら、いつか離れてしまうことを恐れる傲慢さを赦せずに、いる。親鳥がやがて未熟なうちに小鳥を放り出してしまうのと同じように、ある日突然独りで飛び立ってみせるようにと、そう強いられることを恐れている。
「ガイは、何で俺と一緒に居ようとしてくれるんだ?」
 こうして今も多くの人間に追われ、死を望まれ続ける自分の傍になおも寄り添ってくれるその理由が、もしも単なる保護欲から来るそれならば、時が来れば彼もまた自分を放り出すのだろうかと。思えば思うほど、独りよがりな自分に嫌気が差す。
 怨嗟が消えることなど無いのだろうから、自立することが叶ったその段階で、独りで歩き出した方が良いのだろうことは分かっている。自分の余計な寂寞でいつまでもその身を危険に晒し続けることが、一体どれほど愚かで、一体どれほど危ういことなのかも、いい加減理解は出来ているつもりなのだ。――それでも。それでもただ、張り裂けそうな心を否定出来やしないから。
「そんなこと悩んでたのか。いきなりどうした?」

(庇護の雛鳥/ガイ×ルーク)


「ねえ、アスベル。それじゃああなた、一度でも考えたことがある? どうして私の病気が治って、こんなふうに不思議な力が使えるようになったのか。……死を待つだけの身体で生きていたから分かるのよ。……この力は、お医者様の言うような天性の才能でも、説明の付かない奇跡なんかでもないの」
 どれほど現代医学における最先端の治療法を集めても、あなたの病気は手の施しようがありません、と。死の宣告にも等しい一言を告げられたあの日の弱い自分から、今、こうしてアスベルの隣に立っていられるまでの自分に変わることが出来た理由。それはある人にとっては奇跡にしか映り得ないけれど、アスベルやシェリアに言わせてみれば、きっとこの上ない絆に満ちた贈り物だったのだ。
 世界に消え行く少女からの、再会の願いを込めた優しい力。「またいつか会おうね」と、怯むことなく光に朽ちた、誰もが目を引くあの笑顔も。

(あの日の笑顔にもう一度/アスベル×シェリア)


 クロエ・ヴァレンスに捕らえられれば、彼女はおそらく国家に対して平和的な解決を迫るだろう。熱くなりがちなところもあるが、彼女も基本的には理性的な性格だ。傍らのフレンとどことなく通じているところがあるあの騎士は、 おそらく法によって全てを決することを望むに違いない。
 対してリオン・マグナスに見つかれば、その時点でルーク・フォン・ファブレは死をもって罰されるだろう。法に委ねることを厭いがちなユーリにしてみれば、どちらかと言うとリオンのやり方に共感する面が大きかった。過ちの芽を摘み取るという意味で言うのなら、更生させようとするよりも、命をもって償わせてしまった方がはるかに手軽でもあるし、何より遺された人間がいくらか安らぐ。唐突に大切な人間を奪われた者の気持ちを鑑みれば、ルーク・フォン・ファブレという人間は、粛清するに十分値するだろう。
「で、どうする?」
「え?」
「……オレ達も行くか、って聞いてんだよ。お前、そんだけ頭に来て黙っちゃいられねぇだろうが」

(決意の旅立ち/フレン×ユーリ)


「世界樹の神子ってさ、世界に一人しか居ないんだろ? それって実はすげー大変なことなんじゃないか?」
 いやに神妙な様子でそう語るロイドに、ゼロスは呆気に取られて言葉を失くす。
「おいおい、何だってんだ〜? いきなり。何がどうなったら突然そんな言葉が飛び出してくるわけ」
「いや、だってさ、世界樹が苦しんでても、その声が聞こえるのはゼロスだけなわけだろ。……なら世界樹がゼロスに苦しみを押し付けちまったら、お前は誰に苦しいって愚痴ったり、頼ったりできるんだよ」
「へ……?」
「世界樹には苦しみを受け止めてくれるゼロスっていう神子がいるからまだいいけどさ。肝心のお前は誰にもそれを話せないっていうなら、お前ばっかり辛い思いしてんだろ。それって何か不公平じゃないか?」
 世界樹が苦しんでいるから自分も苦しいだなんて、一見それらしい文句は、この世界の誰に対しても伝わらない類の感傷だ。神子を除いた世界中の全ての人間にとって、世界樹というものはマナを生み出すための、物言わぬ聖なる樹木でしかない。それゆえに、世界樹の苦しみを一手に引き受けるのはいつだって、世界樹の神子であるゼロスただひとりなのだ。

(追憶のオルゴール/ロイド×ゼロス)


「田舎だわ、寂れてるわで、どうせロクなヤツも居やしねぇ。あんな村のために、どうしてお前がそこまでする必要あんだよ?」
「……そこに住んでいるのがどんな人でも、そこにあるのがどんな土地でも、こんなことで命を奪われていい理由にはならないと思うから。だから助けたいんだ。僕はね、スパーダ。誰かを救うために医者になりたいと思ったんだ。……その人たちを救う前に、全部を失ったりしたくないから」
「……ルカ」
「それに、僕があの村を助けたいのはそれだけじゃないんだ。ねえ、スパーダ。あの村に居た時から、僕は僕が感染していることに気付いていたんだよ。……その間、毎日のように僕とスパーダは傍に居たから。このままにしておけば、きっと君も感染してしまうと思うんだ」
 ずっと一緒に生きてきたのに。こんなことで、こんなところで、君を失ったりしたくないから。だから、僕はそのために戦う。勇敢な眼差しのままで言い切って、ルカはスパーダに少しの笑みを投げかける。

(誓いの青空/ルカ×スパーダ)