Allegiance-Sample-

 密偵の根城に近づくにつれ、辺りは重々しい雰囲気に移ろってゆく。明確に表現することは難しいが、あえて表現するのなら、それは張り詰めた憎悪だった。かつて戦地でもあった場所だからなのか、今も巣食う人間の恨みが絶えないせいなのか、気を抜けば中てられそうになるほどに、この場所は言い知れない緊張感に満ちていた。
「正面突破するか、足音を忍び潜入を試みるか。いずれ見つかることは避けられませんが、選ぶべきは二つに一つです」
 いかが致しますか、と。そう尋ねたウィンガルに、「ふむ」とだけ言ってガイアスは問い返す。
「……お前はどう見る?」
「そうですね……短時間に雌雄を決するのなら、早々に駆け抜けた方が都合は良いでしょう。勿論、内部調査を行うのであればこの限りではありませんが」
  言ったウィンガルに ガイアスは思案するような顔をして現在を思う。
 ――今回のこの件は、手早く終わらせてしまうのでは意味が無い。この遠征にウィンガルを同行させた理由は、何よりウィンガルにとって、またア・ジュールという国家にとって、それが必要だと思ったからだ。実情として言ってしまうなら、此度の任務は個人で負ったところでさして苦労する類のものではないだろう。誰にさえ黙して単身遠征して来たところで、おそらく軽々と片付けてしまえる程度の温く容易い案件だ。
 元より、本来ならこの根城の存在が民の告発により明らかになった時点で、行動は迅速に行うべきではあった。告発が露見して情報元の人間を殺させてしまってはどうにもならないし、敵がア・ジュール側の粛清を恐れて逃げ出さないとも限らない。こちらの情報がどれほど漏れ出ているかも分からない状況の中、それだけは避けねばならない事態だった。
 ――それでも、ウィンガルを共に引き連れることを諦めることは許されなかった。たった独りこの場所に降り立ち、決着を付けるのがガイアス自身であってはならなかった。当人にとっても、ガイアス自身にとっても、この件を決するのはウィンガルである必要がある。なぜなら、それがただ――。
 そう思ったところで、物陰から矢が放たれるのが見える。かわすこともせずに淡々と立ち尽くしていれば、キイン、とそれが払われる音。
「陛下!」
 増霊極に頼ることも無く、ガイアスに向いた矢を当然のように弾いてから、ウィンガルは剣を収め、咎めるような視線をガイアスにやった。――ああ、また。反射的に救った主が微動だにせず平然としている様に眉根を寄せて、ウィンガルは仰々しく溜め息を落とす。
 この王を見ていると、時折手酷い激情に駆られそうになる。眉一つ動かさず、冷静なまま客観から物事を見つめ、常に絶対の存在で在ろうとするその姿が、何もかもを掌握しようとする傲慢に思えてならない時がある。思ってから放たれた矢を拾い上げ、「……どういうおつもりですか」と一言、ウィンガルは恨みがましく投げ掛けた。